ユラさん(大学生・インストラクター)
3歳でダンスを始め、小学3年生でマンチカンへ。いまは長居スタジオとあべのスタジオで、幼児クラスと入門クラスを担当しています。
ダンス、やめなさい。そう言われたことがあります。
でも、ダンスをやめたら、私が私じゃなくなると思った。
だからそれだけは、ちゃんと伝えました。

泣いてばっかりの子でした
ダンスを始めたのは3歳のときです。マンチカンではなく、別のスタジオでした。ドレスを着て、ポンポンを持って踊るジャズのクラスでした。最初のころの私は、レッスンのあいだじゅう泣いていて、ずっとママの横にくっついている子でした。
そのスタジオが閉まることになって、ダンスをやめるかどうか、という話になりました。ふつうならそこで「もういいかな」となると思います。母もそう思っていたみたいです。でも私は、まだやりたいと思っていました。
それで紹介してもらったのが、マンチカンでした。小学3年生のころです。
振り付けを教わるだけじゃなかった
ヒップホップはやったことがなくて、体験の日は「ついていけるかな」と思っていました。前にやっていたジャンルと全然ちがうし、知っている子もいなかったので。
でも実際に行ってみたら、みんながめちゃくちゃ話しかけてくれて、それがすごく楽しかった。終わったときには、すぐ「やりたい」と言っていました。
前のところと何がちがったかというと、振り付けを教わるだけの時間じゃなかったことです。ひとつひとつ丁寧に教えてくれて、わからないことを先生に聞きやすかった。自分のしたいことが、できる場所でした。
いちばん覚えているのは、マンチカンで出た最初の発表会の振り付けです。床にお尻をつけて、手でチョキとパーをつくる動き。何年も前なのに、今でも身体が覚えています。
「ダンスやめなさい」と言われて
中学1年生のときに、塾に通いはじめました。そのときに家で言われたのが、「ダンスはやめなさい」でした。勉強する時間がない、ダンスをしている場合じゃない、と。
でも私は、ダンスをやめたら私が私じゃなくなると思ったんです。ダンスをやめるくらいなら、もう何もやらない、というくらいの気持ちでした。だからちゃんと話しました。やめたくない理由も、これからも続けたいことも、全部伝えました。
そのときに約束したのが、「次のテストで結果を出す」ということです。気持ちだけじゃなくて、結果で見せる。そして実際に出しました。だから今も、ダンスを続けられています。
明日ダンスがあるから、今日がんばれた
あのとき続けていたことは、勉強にとって絶対にプラスだったと思っています。
もしダンスをやめていたら、たぶん私は勉強もしていません。明日ダンスがあるから、今日はここまでやろう——そう思えたから、机に向かえた。ダンスが楽しみとしてあったから、勉強もがんばれたんです。
今まさに塾と迷っている子や、おうちの方に伝えたいのは、結局、伝えないとわからないということです。やりたいなら、やるべきだと思う。これからも続けていきたいなら、なおさら。私も、伝えたから今があります。
「先生になりたい」と、言えなかった
教える側になりたいと思ったきっかけは、ひとつじゃありません。
レッスンを受けているうちに「私、やっぱりダンスが好きなんや」と気づいたこと。もともと小さい子が好きで、この子たちにもこの楽しさを知ってほしいと思ったこと。
決定的だったのは、チームを組んでレッスンを受けたときです。そのころの私はどこか中途半端で、自分はまだまだだと思い知らされました。正直、辞めたいと思ったこともあります。でも終わってみて、やっててよかったと心から思えた。そこで初めて、先生になりたいという気持ちがはっきりしました。
ただ、それを家で言うことはできませんでした。母は医療の仕事をしていて、私も同じ道に進むものだと思われていたから。「ダンスの先生になりたい」なんて、言ってもだめだと思っていたんです。
一人ひとりに、ちゃんと伝える
アシスタントとして初めて教えた日は、とにかく難しかったです。
自分が思っているように伝わらない。声も届かない。とくに小さい子には、どう言えばいいのかが全然わからなくて、何をしたらいいのかもわかりませんでした。
そこから意識するようになったのが、一人ひとりにちゃんと向き合って伝えるということです。最初のころは、自分でも誰に向かって話しているのかわからないまま、全体に声を出しているだけでした。そうじゃなくて、その子と個人で話すみたいに伝えてみたら、ちゃんと聞いてくれるようになった。
決めたことを読み上げるんじゃなくて、そのとき思った気持ちのまま伝える。今もそうしています。
その子の枠を、決めない
自分のクラスを持つようになって、責任の重さが変わりました。1回のレッスンで終わりじゃなくて、その子のダンス人生に関わっていると思うようになったからです。
それでも大事にしているのは、私がいちばん楽しんでいること。私が楽しんでいたら、みんなもついてきてくれると思っているので。
教える側になって初めてわかったのは、あのころ先生たちが一人ひとりをちゃんと見てくれていたということです。そして、その子の個性を消さないでいてくれたこと。踊り方は教えるけれど、その子が踊っていること自体には手を入れすぎない。枠にはめすぎない。今の私も、そこはすごく意識しています。
自分のクラスにも、あのころの自分と重なる子がいます。自由に踊る時間になると同じ動きばかりになってしまう子。振り付けが思うようにできなくて、悔しくて泣いてしまう子。その気持ちがわかるので、そういうときにどうしてほしかったかも、自分で知っています。
いちばんうれしい瞬間
最初はママに言われて来ていた子が、だんだん自分の意思で続けるようになる。家で練習してきてくれる。ダンスに対する気持ちが、目に見えて大きくなっていく。あれがいちばんうれしいです。
入門から初中級に上がって私のクラスを卒業していくのは、寂しいけれど、正直めちゃくちゃうれしい。発表会で踊っているみんなの顔がキラキラしているのを見ると、続けててよかったと、あらためて思います。
いま持っているクラスのこと
担当しているのは、幼児クラスと入門クラスです。どんな時間かというと、とにかく楽しい。みんなでわちゃわちゃしていて、私からも話しかけるし、みんなも話しかけてくれます。
来てほしいのは、初心者の子です。大歓迎です。それから、緊張してしまう子。ほかのスタジオで恥ずかしい思いをした子や、ダンスがあまり楽しくなかった子にも来てほしいと思っています。
私自身、最初は泣いてばかりの子でしたし、ヒップホップを始めたときも「ついていけるかな」と思っていました。だからその気持ちは、たぶんいちばん分かります。
私にとってマンチカンは、人生です
いま19歳なので、人生の半分以上をここで過ごしてきたことになります。だから、ひとことで言うと人生です。軽い意味じゃなくて、本当に。
他のスタジオとどこがちがうかと聞かれたら、自己表現だと思います。同じ振り付けを踊っていても、一人ひとり全然ちがう。振り付けを踊るだけの場所じゃないんです。それは、この場所の空気そのものだと思っています。
9歳の自分に一言だけ言えるとしたら、「とりあえず、楽しんで」。それだけです。
